人間は、「子どもの頃から絵を描いてきた=才能が本当にある」などと思い込みを作りがちです。
しかし、「現実を観察すれば分かる」とおり、子どもの頃から絵を描いてきた人が下手でプロにすらなれない例は枚挙にいとまがないです。
この例から、「子どもの頃から描いているから絵の才能がある」ということは、あまり言えないわけです。
(「バカ」はこのレベルの論理もわからないみたいですけど、ここは置いておいて…)
しかし、本当に才能がない人というのは世の中に存在すると言えるかも知れません。
それは、「今ここに書いたことも分からない人は才能がない」と言えます。
「え?どういうこと?」と思うかも知れません。
これは、「論理的な解説を理解すること」よりも、「一見もっともらしそうだけど間違っている話」や「自分の自意識や思い込み」を「優先させてしまう頭の悪さ」という意味です。
そして、実は、これは何ごとも共通しています。
クリエイターは一般の仕事とクリエイターの仕事を分けて語りがちです。
もちろん、一般の仕事の幅はとてつもなく広い(クリエイター以外のすべての仕事)ので、どこと比較しているのかそもそも意味不明な議題ではあります。
しかし、一般の仕事でも、「クリエイターみたいな要領で仕事をしている」人たちは世の中に実にたくさんいます。
私も、言ってみれば「授業クリエイター」でしたから、「その場で教えている相手を理解させられなかったらおしまい」くらいの気合と覚悟で毎回の授業に臨んでいました。
そのためには、10時間を超える準備も厭わない日々が続いたわけです。
※私より仕事の準備していた人はいないと思います。
そして、これはどの業界、どの仕事でも共通していると言えます。
つまり、本当に才能がないとは、これが理解できない人たち。
「才能がある」とは、結果にこだわり続けられるかであり、プロというのはそういうゲームで結果を出せるか。
ただ、それだけの話なのです。
なので、この話が理解できていなければ、いくら金を稼げていたとしてもプロとは言い難いかも知れません。
まあ、今どきはSNSもあるので特段「プロで無くても」「金は稼げてしまう」時代です。
そういう人が困って悲鳴を上げているのも見かけますが、そっとしておいてあげましょう。
彼らは「才能もないのに」「お金が稼げてしまった」哀れな人たちだからです。