倫理あるものだけを教育と呼ぶ。
教育の表と裏
私は素行不良の人に対しては、ひどく暴力的ですし実際に実力行使できるバックボーンとしての実力も充分にあります。
実際に、会社のセキュリティ役を任されていたとおりです。
私は教育について、表では論理や客観性を持って筋を徹底して通しますし異論反論も堂々と受け付けますが、それでも言うことを聞かないという場合に、裏では徹底的に威圧して暴力をふるい、場合によっては殺してしまっても構わないという立場です。
これは両輪であり、必須の事項です。
実際、私は教育現場で、どこか間が抜けていて楽しい先生を演じていましたが、一方で怒るときにはものすごく威圧感が強い、怖い先生でもありました。
あえて、間が抜けているように見せているのです。
「誰にでもいい顔をしない」ことこそ倫理
これは武術の心得でもあり、相手に油断させ、おびき寄せます。
相手の本性を出させるためです。
そこで一線を越えない人は分かっている人、そうでないのは分かっていない素行不良と判断できます。
私は生涯で一度も本気で怒ったことはありませんが、素行不良の人は私の威圧感に参ったのではないかと思います。
私の人間性について、非常に威厳がありどこか近寄りがたい感じを、多くの人が受けると思います。
それで正しいです。
倫理観と人類の歴史
そして、歴史としても、本来であれば人間はそうあるべきです。
今の人の多くは、この片方しか見ない人ばかりのため教育が堕落しましたが、実際にはそうではないということを人類は見失ってしまったように感じます。
「教育イメージ」を利用したネット教育は、教育ではなく「教育風味」
そもそも、こうした「教育イメージ」を利用したネット教育は、リアルな教育とはまったく別物です。
たまに、リアルの教育イメージを利用して宣伝している不届きなネット系サービスがありますが、それは「教育風味」のサービスです。
学校批判なんかを一丁前にしているところもありますが、はっきり言って勘違い甚だしい限りです。
昨今、やたらとネット批判の対象になっている学校関係者は、もっと怒るべきでしょう。
本来であれば、現場経験のないド素人が偉そうに批判していい理由は一つもありません。
教育現場というのは、毎日が生きるか殺すかの戦場です。
一方で、ネット教育なんて、何か不都合なことがあったら、素知らぬ顔して登録抹消なんて簡単にできるわけです。
通信制学校などのネットオンラインサービスや、コミュニティ型のネット塾みたいな個人サービスなどは、こうした「教育風味」のサービスであり、我々が関わっていたリアルな教育の世界とはまったくの別の世界です。
ネット教育は、あくまで「教育ノリ風サービス」というだけですので、間違えないように注意してください。
2つをごちゃ混ぜにして知ったかぶりする輩がいますが、それは似非教育者です。
まずもって、他人に道徳を求めることは道徳的ではありません。