組織を作るのに向かない人の特徴。
「独裁みたいにやっているけど、リーダーを好いてくれないなら詐欺」みたいに思っている人もいるそうです。
私には理解が出来ません。
組織を作ることで、自分の承認欲求でも満たしたいのでしょうが、そもそもこの二つは別々のことです。
そもそも世間一般的な組織のことを考えてみればわかりますが、「リーダーがどういう人か知らないし会ったこともない」というのが大多数です。
つまり、「メンバーがリーダーを好きか嫌いかを気にしてしまう人」は組織を作ることには向かないなと私は思います。
組織は目的があって集まっています。
目的でさえない「リーダーが好きか」なんてものを気にする人は、害悪というだけです。
「嫌いだからこいつ無理」という人は、ケツの穴が小さい臆病者でしょう。
こういう人は、小さく一人でやっていれば良いわけです。
私にとってこの手の人は非常に迷惑なので、お断りするようにしています。
私は好き嫌いだけで、人を選ばないですからね。
ポエムばかり書いてる2流は今すぐ一切絵を描くのをやめるべき理由、
ポエムばかり描いてると2流になります。
ポエムで同調、同意でもしてもらいたいのでしょうか。
私には到底理解が出来ません。
他人に目をかけている自分に酔っている…。
勝手に酔っていればいいですが、なんにもなりません。
この程度では、どだい1流の領域に行くのは無理でしょう。
たとえば1流の選手がポエムばかり吐いているのを見たことがない。
あの人はこういうことを考えていた、この人は…。
私はそういった過去の情報に興味がないです。
それよりは、私は日々現実に役立ちそうな情報を拾っては、それを学習しています。
ニュースを最近見ているのもそういう理由です。
以前は哲学書をよく読んでいましたが、これも非常に役に立っています。
現実に、様々な局面の判断に役に立つものしか触れないです。
私は、いつでも実益になるものにしか興味がないです。
他人がどのように評価されているのかに興味があるのではダメです。
他人はこういう評価を受けているから、この位置で…なんて考えることに、何か意味があるのでしょうか。
ポエムはなんにもなりません。
取捨選択が出来ないようでは、あっという間に抜かされていくのがオチでしょう。
実際に私も、急激に上手くなったのはポエムを意図的に遮断して、理論構築に集中しはじめたからです。
プロ格闘家なら、次の試合にどうやって勝つのかに夢中のはずです。
他人のポエム読んでも気持ち悪いし、意味もないからです。
ポエムは具体性がないし時間の無駄です。
ポエムばかりでは次の試合に負けてしまいます。
ものごとを徹底的に役に立つか立たないかでしか、私は判断しないです。
ひとはそれぞれ。
勝手にすれば良いですが、個人的なポエムに何の意味もないのは自覚すべきでしょう。
SNSで警戒すべき特殊詐欺。
最近はSNS上で詐欺勧誘が多発しています。
とくに、ここ数年で急増しているようなものを列挙します。
・金融商品勧誘
会員に、リーダーが指定した株や金融商品を高額で買わせるものです。
・マルチ
会員に商品を高額で買わせて、それを訪販で第三者へ売りつけさせるものです。
・儲け話セミナー
ブログ、アフィリエイトサイトなどで、金儲けする方法を高額で買わせ、会員になってもらいます。
・出会い系
会員専用サイトで、不特定の異性を高額であっせんをします。
・医療美容広告
効果があるのか怪しい医療サービスや美容品を、会員に高額で売りつけます。
・占いサイト
会員になってもらい、高額でサービスを購入させます。
会員になってもらい、オンラインでゲームやスポーツなどの掛け金をして儲けさせます。
さて、気付かれたかも知れませんが、基本的にすべて「会員になってもらう」ことが前提になります。
したがって、この勧誘の端緒はどこに張り巡らされているかは分かりません。
人が集まるところに紛れて個人を誘い出し、会員登録を迫ることで自分も儲かるなどといった、極めて悪質なものが主流です。
DMを送りつけたり、「DMください」などと個人へ呼びかけることで、意図的に1対1の状況を生み出し、そこで契約に結ぼうとします。
なので、少しでも疑いがある場合は、よく注意しましょう。
友人や恋人などのフリをして、すっと相手の心の隙間に入り込み、いつの間にか逃げようにも逃げづらくなっていたりするそうです。
ネット上では、たとえ実名顔出しだとしても、いくらでも情報は偽れますから、常に警戒しておいて損はありません。
特にいまは不景気なので、充分に注意しましょう。
特定の人を悪く言う意図はないですが、知り合いがいつの間にかマルチ会員になっていた例を知っています。
知り合いのつてで接見しようとしていたらしいです。
※ちなみに私は知識があるため、一度も引っかかったことはありません。
知りたい方は下記リンクへ。
型通りでも話は通じない。
「自称話上手」に多いのですが、やたらと同じ話をする人がいます。
聴いてる方は眠くなりうんざりしているのですが、実際には愛想笑いをしているという感じだったりもします。
話が下手なのに、型を覚えて上手くなったと勘違いしている人がわりと多いです。
さて、どうしてこのようなことが起きるのかというと、型に頼りすぎているからです。
もちろん、人になにか伝える際に感情を起点にするのは大事ですが、相手が同意できない、そう思わない場合も当然たくさんあります。
「月曜の朝は憂鬱ですよね。僕も学校に行くのが面倒です」
「しかし、最初は面倒なことでも、はじまってしまえば楽しくなります」
「これは勉強も運動も同じことです」
いやー‥
これで聴きますかね。
私はダメだと思います。
では、この型のダメな点を指摘しましょう。
まず初めですが、「〇〇ですよね」には同意できないことも多々あるということです。
たとえば、「いえ、月曜朝の方が頑張れます」という人もいることでしょう。
つまり、一般論と思いこんで本人は発話しているかもしれませんが、同意を得られるかというと少し難しいところがあります。
この場合、共通して観察できる現象などに喩えると良いでしょう。
天気の話などが典型です。
あるいは「〜ですよね」は、「いやそう思わない」があるので、「こういうときに私はこう思う」などと、自分のことを話すと良いでしょう。
次に、「しかし、始まってしまえば…」というところです。
「学校は面倒なこと」という前提が存在します。
これも、そうは思わない人がいるということです。
「コツコツ学校に行くのは割と楽しい」という人も割といたりもします。
最後のまとめの「同じです」は、いくらなんでも無理やりすぎます。
唐突なので、何と何が同じなのか意味不明になりやすい次第です。
このように、この型の欠点は一方的な演説になってしまうことです。
飛躍が多く唐突な印象が強い。
眠くなる退屈な話というわけではないにせよ、「あぁ、コノヤロウまたくだらん話を始めやがった」というように、相手にストレスを与えてしまうものにもなりえます。
なので、たしかにこういったある程度の型も大事ですが、ワンパターンに感じさせないような工夫が大切です。
あくまで相手の立場や思考は複数形で存在します。
そして、意味もなく話が長いと、相手に寂し紛れに話されてると思い、不快になるものです。
この辺もバランス感覚と語彙力が必要です。
ポジティブとは視野が狭い証拠だし、幸せを感じやすいのは愚か者であるという話
ポジティブというのは、視野が狭い証拠です。
簡単にいえば、ポジティブである=都合良い範囲しか見ないということであるからです。
たしかに、そういう場合が必要なときも人生では沢山あります。
しかし、常にポジティブ=他の可能性を何も考えていないという意味になります。
また、幸せを感じやすい人は、愚か者であるというのも同様に言えます。
考えていれば、多少の不安を感じるのが人として普通だからです。
人が幸せを感じるのは、何かを達成したときや安心を感じたりするときです。
しかし、達成感や安心感を常に味わっているようだと、もう少し別のことをやってみるべきかも知れません。
常に幸せというのも考えものですし、手っ取り早く幸せになりたかったら酒でも飲めば良いわけです。
ということで、感情を大事にしすぎるがあまり、自分を見失う人も割と多いので注意しましょう。
「良いことだから、良いことだ」というわけでもありません。
進次郎構文はネタにとどめておきましょう。
原因究明と再発防止。
想定外のトラブルが起きた時に、すべきこととして、原因究明は大切です。
なぜこの話が起きてしまったのかを追求します。
この時に、原因は一つではなく複数ある場合がよくあります。
自分の説明不足で起きてしまったこと、ということの他に、どう考えても誤解を招くような表記だったり、自分自身もその曖昧さに加担して誤解を広めるようなことをしていたり…。
つまり、原因は一つではなく、必ず複数存在します。
人はトラブルが起きた時、なにかと相手を責めて相手のせいにしがちですが、原因は本当はどこにあるかよく考えてみましょう。
そして再発防止ですが、「なぜ、その人はその行動に至ったか」という視点を持つことです。
このときに、客観的に判断するようにします。
その人は「ここならこの行動はしても良い」と思っているからしています。
さらに言えば、多くの人にとっても「そうしても当然構わない」というふうに見えている事が多いです。
つまり、そう思われるようなルール規定だったり、規約説明だったり、いろんな瑕疵によることで起きています。
自分の思っていることが、ちゃんと相手に伝わっていない場合はよくあります。
トラブルが起きているときは、当然ながら相手から見てどう見えるかが基本になります。
これもよく相手の欲求を否定しがちですが、そんなことをしても意味はありません。
いろんな目的、いろんな欲求の人がいるからです。
なので、その前提として、再発しないにはどのように設定を変えるべきかをもう一度考えてみましょう。
何事も公平かつ客観的に見ることが大切です。
性善説でも性悪説でもなく、事実関係からきちんと論理的かつ客観的に見るということが、社会ではなによりも一番大切です。
一度あることは二度あるし、何度でも起きます。
そうならないにはどうしたら良いかをしっかり考えましょう。
頭の悪い批判。
高学歴、高収入みたいなものを批判することで、ビジネスや趣味のコミュニティに集客しようとしている人が増えています。
また、出世、勤勉を考えることよりも、やりたいことをやるほうが立派だ、それが努力なんだと主張する人も増えました。
ただ、これは頭でっかちというか、頭の悪い批判です。
なぜなら、高学歴、高収入と、出世、勤勉を考えている人と、やりたいことをやることには、なんら関係性がないからです。
むしろ、そういう人たちのほうが、実際にはやりたいことをやっている場合が多いです。
高学歴、高収入や、出世、勤勉にまつわる世間的なイメージを利用して話をしていると思うのですが、実態とは大きくかけ離れています。
というのも、実際にそういう人たちと会って話したことがない人が、こういうウソを付きます。
あるいは、身近な数例だけを見て、そう思いこんでいるのかもしれません。
それから、仮にその手の人が入りたいとしても、「批判してるからやめとこう」となります。
自らチャンスを逃しているとも言えます。
実際に高学歴、高収入の人のほうが全体の割合としては少ないので、少ない方を批判することで、多数の支持を得ようという作戦なのでしょうか。
そうだとしても、あまり賢い戦略とは言えないです。
「よそのイメージをこき下ろすことで、バカを集客して楽をして金儲けしたい」のか知りませんが、いずれにしても頭の悪い人がこうした話をしがちです。
しかし、その割には影響のある少数をこきおろしているので、何をしたいのか意味がわかりません。
もしかすると、「バカを集めたほうが儲かるから」という下心があるのでしょうか。
個人的には、そんなのを気にしても仕方ないと思います。
そもそも気にしなくて良いのに、わざわざ気にさせることに、果たして何の意味があるのでしょうか?
この手の発言をする人は、自分でイメージをわざわざ落としているわけです。
優秀な人や頭のいい人が、年収などでマウンティングをするわけがありませんし、そういう話題をわざわざ引き合いに出してくるのは頭の悪い人です。
話す本人が、高学歴、高収入の場合なら、なおさらです。
無意味に批判して敵を作る割には、身入りが少ないという印象です。