忍びの日記

絵の思考法から世事評論まで、忍者が斬る!

仲良しが当たり前の社会は間違えているという話

インターネットが普及して、随分と人間関係に仲良しであることを求める人が増えました。

実際にユーチューバーを見ていても、薄く広い人間関係を作れる人が良く見える傾向があるそうです。

 

しかし、仲良しが当たり前という社会は、実はあまり良くありません。

相手の行動を、仲良しかどうかを基準にして、勝手に制限しようとしてしまうからです。

仲良しであることというのは、相手や不特定多数に無防備であるということでもあり、非常に危ないことでもあります。

こうした態度は、実は相手に対するコミュニケーションとは言えないです。

単に、相手にとても失礼なことを繰り返しているだけです。

見ず知らずの他人に対して批判と称した悪口をのたまうのも、実は相手と仲良しであることを前提としています。

学校文化の悪い面が社会で流行っているのでしょうが、残念ながら他人と仲良しなんて状態は元来ほとんどあるはずがありません。

 

その結果のせいか、急な暴動や暴力沙汰に多くの人は酷く弱くなっているのでしょう。

なんでも仲良しでやってしまった結果、日本は今現在、水資源や電力が他国に侵略されてる通りです。

仲良しでなあなあになることはあっても、それを良いように利用されるだけなのです。

一言でいえば、多くの人は極めて幼稚だということです。

殺してやりたい奴がたくさんいるが、今日もかろうじて正気を保ってるような人も、中にはたくさんいる。

なんで凶悪事件が起きるのといえば、当たり前なのです。

こうした事実に、多くの人が早く気付けるといいと思います。