忍びの日記

絵の思考法から世事評論まで、忍者が斬る!

なぜ人を殺してはいけないのか。

「なぜ人を殺してはいけないのか」という、人類社会の問いみたいなものがあります。

人を殺してはいけない理由は様々出てきます。

・人権があるから

・報復が止まらなくなるから

・倫理的にアウトだから

・そんな事を考えるやつ自体がいることが気持ち悪いから

ナチスの例があるから

 

など、枚挙にいとまがないです。

しかし、実際には例えば国家権力のもとで死刑制度があるので、厳密に言えば、ごく一部では「人殺しは極めて限定的ではあるものの、国家権力のもとでは合法的に行われている」ということになります。

しかし、これは「犯した罪を裁判で審理した結果、それに対する相応の罰を与える」という行為です。

そして、「国家権力だけが殺人が許されていてズルい!俺も人を殺したい!」みたいに思う人がもし仮にいるなら(相当頭がおかしい人ですが…)、それは「厳正な審理に基づき、国民に信託されている国家権力だから、特例として許される」ということになります。

「人を殺してはいけない」理由は、バスの駆け込みと似ています。

駆け込みをしてきた人を乗せるかは、バスの運転手が決めます。

バスの運転手が駆け込み一人を許したとして、それ以降の人が乗れなかった場合、怒り心頭になる人もいるかも知れませんが、それは運転手の裁量ということになります。

(バス=国家 バスの運転手=司法官 運転手の裁量=司法による権力の執行。このバスの喩えは聞いたことある人も多いかもしれませんが、とても有名な話です。)

ということで、「それでもおかしい」と思うなら、法律を変えるしかないのですが、残念ながら日本国憲法で人権の規定がされているため、人殺しは権力が特例執行する以外は違法となります。

 

ちなみに、「なぜ国家権力だけが!」と思う方は、歴史的かつ世界的古典ですが、ホッブズの『リヴァイアサン』を読んで下さい。