私も、「クソデカ主語」批判になってしまいますが…。
日本の教育は「不幸な人」を増やしている。
日本の教育は、不幸な人を増やしているのではないかという話です。
これは、学校教育カリキュラムが…、受験が…、就職が…、とかそういう重箱の隅をつつくような話ではありません。
もっと根本的な話で、「評価がチェック項目別になっている」ということです。
チェックから外れたり、チェック査定が低いと「落第判定」になるのです。
「チェック項目脳」
このチェック項目の内容の是非は批判されず、「チェック項目を満たした人が評価が高い」という教育システムを採っています。
通知表も、模擬試験もすべてこのチェック項目式になっています。
問題はここからです。
この評価方法に慣れた日本人は、他人評価にもチェック項目を持ち出します。
・性別
・年齢
・学歴・経歴
・スポーツ
・独身か既婚か
・子どもは何人か
・収入
・親戚関係
・前科・前歴はあるか
・過去の病気歴
・借金はあるか
・見た目はどうか
・視力
・身長
・体重
・座高
…
チェック項目による教育効果はたしかにありますし、そのやり方を否定しません。
就職など能力査定をする際にも、この方法は用いられますが、これは時間短縮のために仕方のないことはあります。
しかし、これがクセになり、無意識に他人を見る時にチェック項目を持ち出すやつとは絶対に関わらないほうが良いです。
もうキリがないですが、学校教育には必ずこのチェック項目が嫌というほど存在します。
このノリを無批判・無自覚に他人に当てはめて、分析をして決めつけたがるのです。
「〇〇より□□の方が…」みたいな話を、この手の人はしがちなのです。
いわゆる、「属性による判断」というやつですね。
※いわゆる「ポリコレ脳」も、ここに該当します。
例
・〇〇センチ以下は人権がない
・高齢者は集団自●すべき
・ホームレスの生命は●より軽い
・酒やソシャゲで浪費する人たちは〇〇人より不幸
…どこかで一度は聞いたことのある話だと思います。
(あくまで一般論としての例です)
※太字部分が「属性による判断」です。
人間関係を即遮断
ということで、私は「日本の教育が悪い」と言っているわけではないのですが、日本教育のフレームを意識していない人は意外に多く、そういう意味では不幸になりやすいように誘導されたまま、洗脳されきっています。
「属性判断」をしてくる人がいたら、人間関係を即遮断したほうが良いでしょう。
この手の人たちは、周囲の人をそういう目線でしか見ません。
世の中には、付き合うべきではない人がゴマンといます。
時間の無駄になってしまうのですが、そういうやつを見たら、二度と関わらないように注意したほうが良いでしょう。